午睡

 とても、気持ちの良い日だった。
 まだ二月だというのに、ぽかぽかと暖かくて、吹いてくる風は爽やかで。
 天勅を受けるために滞在した、蓬山の気候によく似ているのかもしれない。もっとも、あちらは一年を通してこのような気候なのだそうだ。
 梅の花がそろそろ五分咲きで、慶東国にも春が来たらしきことがわかる。首都・尭天の金波宮も、その例外ではなくて。
 部屋に置かれた花瓶に梅の枝が挿してあるのを見て、陽子は口元をほころばせた。
 ―――春が来た、ということ。その事実は、予想していたよりも大きなものだった。
 陽子が王として登極して、初めての春が来ようとしている。
 慶は載や芳ほどに寒い土地ではないけれど、冬の寒さや食料の少なさは民にはつらいもの。ましてや、慶は安寧にはほど遠く、妖魔の出る里だって少なくない。妖魔に襲われ家を失った民が、冬を越すのはどんなにつらいことだろう。
 だから、冬が終わるかと思うと、無条件に嬉しい。
 陽子は椅子を引いて座った。梅の枝を手にとって、眺める。
 「桂桂が、置いてくれたのかな」
 早春の到来を告げる、白梅。それを見ながら、陽子は満足そうに呟いた。

 「主上」
 半ば憮然とした顔つきで、景麒は呼ばわった。部屋の奥からは、なんのいらえも無い。景麒は眉をひそめた。
 ここにもいらっしゃらないなんて、そんなはずはない。なにせ、王気はこの部屋の奥からしている。
 「主上。いないふりをしても無駄です。―――入りますよ?」
 その部屋に主がいるはずなのだと、そんな確信を抱いてずかずかと入っていった景麒は、部屋の奥の様子を見て目を見張った。
 まず目に入ってきたのは、鮮やかな紅と白のコントラスト。思わず景麒はその場で立ち止まる。
 (このようなところで、居眠りをなさっていたのか)
 卓上に突っ伏して、陽子が眠っていた。右手に、白梅の香る枝。風で乱された髪が枝にかかって、その真紅と白梅の白が目にもあざやかだ。
 「……主上?」
 少し小声で、景麒は呼んでみた。近づいて、のぞき込んではみるけれど、主の起きる気配はなかった。
 伏せられた、長いまつげ。靱い輝きを放つはずの緑の双眸は、まぶたの奥に隠れたままで。安らかな寝息が聞こえてきて、景麒は苦笑した。
 「お風邪を召されますよ」
 小声のままで言って、景麒は部屋の隅に置いてあった衣を引き寄せると、陽子の肩にかけた。
 (無理もないことか)
 あまり表に出そうとはしないけれど、彼女は疲れているのだろう。日々の激務。やるべき事は山積している。けれど、それら全てを背負うようさだめられた肩は、あまりに細い。それでも、彼女は少しずつ、国を支えていこうとしている。
 春はもうすぐそこまで来ている。草木も、彼女の治世も芽吹く時を待っている。生えてくる若芽は、きっと健やかにしなやかに育って葉を広げ、やがては大樹となるだろう。
 だから、しばしの休息を。

 梅の香るその部屋で、主が目覚めるまで、景麒は、そこにいた。


(07/09/12 改稿)

この話に付随して、おまけの小話があります。こちらから
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