戦女神

 「――――は?」
 彼は瞠目した。
 「あの、おそれながら、主上、その…剣技を教えてほしい、とは?」
 桓魋は思わず問い返した。陽子はけろっとした表情で答える。
 「別に。そのままの意味だけど」
 「いえ、そういうことではなくてですね。―――確か主上は、台輔に使令を借りていらっしゃるのでは?」
 「うん、冗祐ならここにいる」
 ここ、と陽子は肩のあたりを指さす。剣技が必要だったりするときに、陽子の代わりに腕をあやつって剣をふるってくれるのが冗祐だ。陽子の体に憑いているはずなのだが、感覚として腕のあたりにいる印象が強いのかもしれない。
 「では、何故」
 「泰麒と李斎が帰る前、内宰以下十一名が武器を手に私のところへ来た」
 はっとして、桓魋は陽子の顔を見た。彼女はうつむいているが、不甲斐ない、とその顔に書いてあるだろうことは容易く想像がついた。
 「水禺刀を持っていなかったことも災いしたけれど、あのとき私はどうすることもできなかった。…もし、延麒が使令を残しておいてくれていなかったら、私は今頃この世にはいない」
 「主上……」

 本当に、思い出すだに不思議なことだと陽子は思う。
 もし、自分が王などではなかったら。もし、自分がずっと蓬莱で暮らしていたら。もし。
 王になると決めたとき、そんな「もし」を問いかけることはやめにした。けれど、それは前を見据えるために誓ったこと。予想できる危険をかえりみず、おろかな真似をするために誓ったことではない。
 自分が命を投げ出して、良いことなどひとつもない。

 「そもそも、水禺刀は慶の王のものだという。だったら、その水禺刀に恥じない、相応しい王になりたいんだ」
 しばらくの沈黙ののち、桓魋は笑ってうなずいた。
 「わかりました。政務に差し支えが出るほど修練はできませんし、私もそこまで教えられるわけではございませんが。――それでよろしゅうございますね?」
 「ああ。構わない」
 では、と桓魋は木刀を景王に渡して、庭園に出た。
 「剣の道も、基本からが肝要かと存じます。まずは、こちらで五百回ほど素振りをなさいませ」
 えっ、と木刀と桓魋を見比べて目を白黒させる陽子。
 よくよく、戦いの似合う女王だと彼は思う。以前一度、ともに戦ったことはあったが…その間の光輝は、並大抵のものではなかった。
 そして、意志の強さを示しているような真紅の髪と、その覇気。
 王は神であるというが―――ならば、彼女こそが、戦女神に相応しいのではないだろうか。
 「か、桓魋!五百は…ちょっと、多いんじゃ」
 そんな彼女のもとで仕えることができるのは、一兵士として嬉しいこと。
 「そうですか?では、二百五十回で。残りの半分は、夕餉の後にすると腹ごなしになってちょうどいいと思いますよ」
 破顔して彼は言った。
 庭園を流れる風は、すっかり秋のものだった。


(07/09/12 改稿)


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