真昼の月

地球において、真昼に月が見える頃。月においては…。


 月。
 地球が有する、唯一の衛星。
 自転周期は27.32日で、公転周期と全く同じ。月は常に同じ面を地球に見せながら回っていることになる。
 朔望月、つまり満ち欠けの周期は29.53日。
 月面上のコロニーでは、「朝」が訪れてから、「夜」になるまでに2週間かかる。
 長いながい昼間と、なかなか明けぬ夜。

 夕依[ゆえ]はそんな夜が好きだという。
 「よく言うよ、暗所恐怖症のくせに」
 からかうと口を尖らせて反論された。
 「別に2週間ずっと真っ暗なわけじゃないでしょ」
 それは事実。でも明るいのは科学のチカラのせい。地球からは見られるはずのない、月の裏までもが人工の明かりで照らし出される。
 そして現れるのは、瓦礫のようなクレーターの数々。
 いつかこの世の終わりが来たら、全てがこんな瓦礫みたいになるのだろうか。いつもそんなネガティブなことを考えてしまうから、実のところ、ぼくは月の夜は嫌い。
 「あ、暗いのは一史[かずし]の頭の中だった」
 うそぶいたら、今度は夕依に仕返しをされた。あまりにも明るく笑うものだから、つい尋ねた。
 「じゃあ、夕依は月の夜の何がいいと思うのさ」
 「夜空に地球が見えるところ」

 月は、常に同じ面を地球に向けて動く。それはつまり、場所を選べば昼でも夜でも、月から地球を見ることはできる、ということ。
 別に夜空でなくとも、月から見られる地球というものは、本当はありふれたものなのだ。コロニーで生まれ育ち、外の世界を知らない僕らにとって、空で欠けたり満ちたりするのは地球であって、月じゃない。*1
 そして月面には雲などないから、その蒼い光はダイレクトに僕らまで届くのだ。

 「星しか見えないところに、綺麗な蒼が見えるの。昼だとほとんど欠けて見えるし、太陽が明るくて見えにくい。でも夜になれば蒼い光が降ってきて、それがすごく好き」
 人間という生き物が生まれた土地を、遺伝子のどこかで求めているものなのだろうか。今更地球に住みたいとは思わないけれど、見ていたいという思いはなぜか常につきまとう。まるで、恋情にも似た気分。
 「ふーん」
 夕依には同意するけれど、なんとなくそれを認めたくなくて、気のない返事をした。
 二度と帰れない可能性がどんなに高くても、それでも月に来たかったひとたちの心が知りたくなった。

 そんな、「夜」が訪れるのはあと1週間、今月の末のこと。
 蒼い光を浴びながら、月に焦がれた人たちの思いに寄り添ってみる、予定。



(04’ 記、07/09/25 推敲)
*1地球上で新月が見えるとき、月からはまるく満ちた地球が見えることになります。

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