壱章 祭りのまえ ――長月・末第一話まさか、祭りが嫌いになるなんて、思ってもみなかった。 楽しいことは大好きなたちなのに。 「ちょっと、真木!また左手が止まってる」 舞に集中していないことを見抜かれ、鋭い叱責が飛んできた。首をすくめて、真木は苦笑する。 「ごめん。今のところから、もう一回」 難しくもない場所で、間違えてばかりだ。舞は得意なはずで、しかも以前完璧に練習したはずなのに。少しでも早く感覚を取り戻さなければ。 「もう、何回止めたらいいのよ。これじゃ通しての練習ができないわ。先に原因を取り除くに越したことはないわね」 完璧主義の真尋[まひろ]がこんなことを言うとき、ろくなことがないと真木は知っていた。まずい。 「大丈夫。たいしたことないから、練習させて」 「練習したって、すぐに考え事で頭がいっぱいになるでしょう」 流石に、付き合いが長い相手だ。同時に複数のことに集中できない真木の性質を、真尋は良く知っていた。そこを突かれると、真木には反論の仕様がない。 「考え事というより、誰かに心を奪われての、物思いよね。さあ、今日こそ吐いてもらうわよ。恋煩いの相手は誰なの?」 次々に少年の名を挙げてはにんまりする真尋に、耐え切れず真木は叫んだ。 「だから、物思いでも恋煩いでも、ないんだってば!」 美魚岐〔みなき〕の里には、大巫女が住んでいる。祭りをつかさどり、吉凶を占い、里を良き方向へ導く、大事な存在だ。 その大巫女をサポートするべく、里では十三歳から十五歳までの少女が館に集められ、大巫女と共同生活を送る。少女たちは祭りや占いを手伝い、身の回りの世話をする。霊的能力はなくとも、少女たちは「巫女」と呼ばれて、里では大切にされる。 真木も、真尋も、その巫女の任についている。 どうして恋煩いを「していなければならない」のだろう、と真木は思う。 年頃の少女が集まれば、恋の話が中心になるのは自然なこと。もちろん、巫女の少女たちも例外ではなかった。 誰彼が好き、と話すのを聞いているのは純粋に楽しいと思う。頬を染めて笑う少女たちを見て、いつの間にこんなに綺麗になったのだろう、と少し羨ましい気持ちもある。 けれど、「ただひとり」を選んだ彼女たちの気持ちは、真木にはわからなくて。 ただ聞き手に回って黙っていたら、「水臭い」と怒られた。 「そう、真木にはまだ恋心というものがわかってなかったのね」 「はいはい、どうせお子様ですよ」 舞の練習を終えて帰る道すがら、真尋は呆れたように言った。真木はむくれるしかない。 同年代の少年たちは皆、それぞれに長所も短所もあるけれど、大事な幼馴染であり、いい奴らだろう。真木がつぶやくと、真尋はさらに呆れかえった。 「お子様って、もうすぐ十六になるのに」 この里では、男女とも十六歳になって成人したと認められる。婚姻して、所帯を持つことも許されるようになる。しかし真木には、数ヶ月後に自分がその年齢に達するとは信じ難かった。 「だって、どうしてもわからないんだもの。みんな、何をもって好きだと思うんだろう」 そう、考えていくと、いつもこの疑問にぶち当たるのだ。 どうして、その人を好きになるのだろう。 「理由なんてないわ」 問いかけると、真尋は笑う。 「気が付いたら、竜彦を好きになっていたの。竜彦は里長の息子だから、縁ある里に許嫁がいるのも知っていた。でも、気持ちを断つどころか、ますます好きになったわね」 そう言って笑う真尋は、このごろひどく大人びた気がする。 真尋が抱えているのが、つらい恋だろうことはわかる。けれどそのつらさを、真木は推し量ることも、共感することもできなくて、それが少しだけ歯がゆいと思う。 「小夜は、『穏やかだけれど、芯が通っている』から燈埜[とうの]が好きだと言ってた。祥姉さまは、旦那さまの『笑顔が素敵だった』と言っていたわね」 何人かの例を真尋は挙げてくれたけれど、真木は尚更混乱するばかり。 「みんな、てんでバラバラだから、全然参考にならない」 理由はないとか、性格だとか、顔だとか。欠点でさえも素敵に見えるって、何だ。一体。 しかもそれが理由で、喧嘩をしたり、仲たがいをしたりさえする。 「恋が理由で誰かと仲たがいをするくらいなら、恋なんて、いらないよ」 |