壱章 祭りのまえ ――長月・末第三話「どうしたの?表がすごく騒がしかったけれど。おばばさまは、出掛けたのかな」 呆然と部屋に戻った真木と真尋を、瑞枝は驚いて出迎えた。 「うん。急に、里長に呼ばれて、寄り合いに行ったわ」 里長と大巫女は、美魚岐を支える二つの柱だ。これに海水風それぞれの家の長を加えた五人が、折に触れては寄り合いを開き、里の方向を定めていく。今は水の家の長を欠いているが、四人となってもその制度は健在であった。 その寄り合いが急遽開かれたというのは、おそらく非常事態と言ってよい。 「寄り合いって…なにか、急を要することでも起きたの?」 不安げに瑞枝が尋ねると、真木と真尋は釈然としない顔を見合わせる。 「先だって、水の家の人たちが漁で嵐にあって流されてしまったでしょう。その中のひとりが、生き残って里に帰ってきたらしいのよ」 眉間にしわを寄せて、真尋が答える。どうしてそんな顔をするの、と瑞枝は不思議がった。 「そうなの?!このままでは水の家が絶えてしまうところだったから、良かったじゃない。美魚岐は水の加護を失わずに済むのね、本当に良かった。でも、それならもっと里を挙げて歓迎していいことのはずなのに、どうして、寄り合いなんて開かれるのかしら」 「それがわからないから、私たちこんな訳のわからない顔しているんじゃない!」 苛立ちを押さえられずに、ついに真尋が語気を荒げた。 「それで、周水[あまね]は」 「だいぶ衰弱している。若いから、すぐに回復するだろう。それまで、この里長の館で預かっている」 ため息をついて、里長は答えた。 周水は、里から少し離れた浜辺に打ち上げられ、そこを旅の者に拾われた。衰弱がひどく、兎にも角にも近くの里へ、と運ばれてきたのだ。 「拾ってくださった、旅の方は?」 風の家の長、静流[しずる]が訊ねた。 「先ほど、私が挨拶をしておいた。里長の館はこの寄り合いと、周水の手当てとで人手が足りず、慌ただしいそうだから、とりあえず私のところでもてなしている」 苛立ちを隠そうともせず、潮は答えた。彼は海の家の長である。まったく面倒なことになった、と毒づいた。 「この非常時に、余所者を里に入れなければならんとは。美魚岐の問題が他に知れ渡れば、水の家が絶えなくとも、危険に晒されるのは同じではないか。さらには、生き延びたのはよりにもよって、凪の」 「海の長どの」 静かに、けれどはっきりした口調で里長はその先を遮った。佇まいは穏やかだったが、「その先は言わせない」という牽制のような威厳が漂っていた。 「……失礼。これは言葉にしない約束でしたな」 約束を違えたことを、あっさりと潮は詫びた。それを眺めていた静流は、ずっと沈黙を保っていた大巫女へ問いかける。 「大巫女どの。この非常事態は、占[うら]では予期できませんでしたか」 「微妙なところじゃな」 「微妙、とは?」 混迷を避けるため、自分の胸のうちのみに秘めておいたことだけれど。そう前置きして、大巫女は話し出した。 「先月ごろから時折、吉兆とも凶兆ともとれるものが占に現れておる。当初は読み違えかと思ったが、同じことが何度も続くのでな。まずは見際めが肝心と、静観しておった」 凶事を避けるためにと、無闇に行動すれば吉事を逃してしまう。かといって、吉事のみを追っていては、凶事を避けることはできない。 「これはお願いなのじゃが。できれば長どのたちには、当面は静観を貫いていただきたい。いたずらに騒ぎ立てては、凶兆を呼び寄せる元となることがある。周水が回復したら、一旦元の生活に戻してやるのがよかろうよ」 じっと大巫女の話を聞いていた里長、風の家の長、海の家の長はそれぞれ異なった表情で、これにうなずいた。 「では、皆には周水の帰還を伝えるとしよう。旅の方が里を歩いていて、不審に思われても良くない。水の家は絶えていない、とまずは安心させる必要があるだろう。また、周水については、『身体も衰弱しており、またいちどきに親族を失ってしまったことだから、しばらくはそっとしておいてやってほしい』と触れておこう」 里長がこう取りまとめて、火急の寄り合いは終わりを告げた。 苛立つ真尋をうまくなだめ、夕餉や寝所の用意をてきぱきとこなし、さらには「疲れて帰ってくるだろうから」と温かい白湯まで用意したのだ。 その間、真木にできたのはそれをただ眺めることだけ。 「すごいな、瑞枝は」 余った白湯を飲みながら、呆然と真木はつぶやいた。 「何か騒ぎが起こると、私はおろおろすることしかできないから」 たとえば真尋は苛立つが、それは説明を求めてのこと。真相がわかればあっさりと落ち着きを取り戻す、そんな切り替えの早さを持っている。 そして普段のんびり屋の瑞枝は、何かが起これば、自分にできることをてきぱきとこなしてしまう。 何も行動できない自分とは、大違いだ。 「そんなことないよ。本当は、すごく困ったり焦ったりしているよ?でもね、考えすぎて、考えることが嫌になってしまうから、とりあえずできることをしよう、って思うの。ちゃんと、考えることから逃げてはいけないのにね。だから、きちんと考えることができる真木も、すごいと私は思うよ?」 「……そうかなぁ」 励ましてくれる瑞枝は優しい。 けれど、行動に移せないことで、後悔を残してしまうこともたくさんあるのだ。 そしてたくさんの感傷を残してしまうことも。 知っているからこそ、行動に移せない自分が歯がゆくて不甲斐ないと、真木は思った。 |