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水の守り

弐章 宵の占 ――長月・末

第五話

 隠されている真実がある、と周水は感じた。
 そのうちのいくつかは、里長をはじめ寄り合いの者たちが持っていて。また別のいくつかは、父が抱えたまま眠りについてしまった。
 自分にもしっかり関わりのあることなのに、それを知るすべがないことが、ひどく歯がゆく感じられた。神送りの祭りを終えたところで、この歯がゆさは解決するのだろうか。
 それは、どうにも疑わしかった。
◇          ◇  祥はすごい、と真木は感じた。
 巫女の館を飛び出してきた時には、あれほどささくれ立っていた気分が、今はまるで何も無かったかのように穏やかだ。
 「ただいま戻りました!」
 何気なく館へと戻って、はっとした顔をする真尋や瑞枝を見て、ようやく自分が憤っていたことを思い出すほど。
 どうしよう、何食わぬ顔で戻ってきたけれど気まずい。たぶん、お互いに。
 困っていると、奥の間から大巫女が呼びかけた。
 「おお、真木。帰ってきたところなら丁度良かった。そろそろ宵の占を始めるから、手伝ってくれんかのう?」
 「はあい、今行きます」
 ありがたく手伝いを引き受ける。大巫女の後について歩きながらちらと目をやると、思案顔でこちらを見ている二人と少しだけ、目が合った。

 真木のようにチカラを持たぬ巫女と違って、大巫女の存在意義は霊的能力そのもの。美魚岐を支える八百万の神々を祀り、鎮め、ときには様々に祈る。役目の一環として、大巫女は日に二度、今後の里の吉凶を占うことを日課としていた。
 いわく、宵の占[よいのうら]と明の占[あけのうら]である。
 真木には占の何たるかを知ることは出来ないが、占を終えた大巫女の表情から、おおまかなことを察することができた。
 ここ最近、吉兆とも凶兆ともつかない結果が占に現れること。難しそうに眉根を寄せる大巫女の様子から察するに、吉凶の読み分けが非常に困難であること。その状況が未だ変わらず、また吉凶と思われる事象がまだ現れていないこと。
 「……まだ、難しい相が出ている?」
 「そうだねぇ。我ながら不甲斐ないとは思うけれど、予断を許さぬ状況が続いておる。占の結果は神々が下さるものゆえ、こればっかりは、意のままにはいかないのだがな」
 そう言って、大巫女はからからと笑った。明るい表情は他者を安心させるためのものなのだと、真木はふと気づいた。
 大巫女の影響力は絶大である。美魚岐で最も強い発言力を持つのが、里長とこの大巫女なのだ。そして強い霊的能力を持ち、吉凶を占うのは大巫女ただひとり。里人はその大巫女をとても信頼している。まして、その大巫女から「凶兆とも思える相が出ている」と里人に告げられれば、たちまち混乱が生じるだろう。
 だから、巫女たちは館で知りえた占の内容を、里人に漏らしてはいけない。神々が下さるものだから、人づてに伝えてはならない、というのは表向きの理由だ。
 「……そんなに、まずい状況?」
 「さあな。わたしにも分からぬよ。吉も見方を変えれば凶に、凶も見方を変えれば吉になる。しかし、これほど複雑に絡み合うのは初めてかのう」
 「複雑……」
 だから、巫女は心を強く持たなければならない。側近く仕える大巫女の不安を感じ取ったとして、それを里人に悟らせてはいけないからだ。
 不安も不調も、「普段の表情」に隠す。真木の最も苦手なことであった。深く知ることをしなければ、なんとかなる。口論やいざこざが起こったとき、真木がつい目をそむけてしまうのは、そのためでもあった。
 知らなければ、他者を不安にさせることもないから。自分自身が不安に飲み込まれずに済むから。
 いつもそうやって遠ざけてきたのに、今はなぜか「知りたい」と思う。なぜだろう、と不思議になる一方で、その好奇心を好ましく思う心があった。
 「ねぇおばば、教えて。わたしには、何ができるの?」
 「場の空気が和めば良いのじゃよ。それこそが真木の、巫女の役目」
 「………それだけ?」
 そんなことでいいのかと、真木は不服に思う。そしてただ場を和ますことだけというが、それがどれほど難しいのかと想像してため息をついた。
 「いつものことながら、難しそう。だって今日は、二度も喧嘩してしまったわよ。真尋と、それから周水とだって」
 珍しい、と笑われることを予期していた真木は、大巫女の狼狽ぶりに驚いた。
 「……周水と、逢うたのか?」

(07/11/25)


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